八ノ字山の

八ノ字山の八ノ字ゴウロ雪がこんこんふつてゐる

どこのお家《うち》も戸をしめて昼まも夜さも知らん顔

冬の神さま早よ去《い》んであかるい春になつてくれ

八ノ字ゴウロに菫が咲いて雉子がケンケンなく春に

 名古屋ってとこ、戦前から戦争中にかけて、僕は好きじゃなかった。名古屋へ芝居で来る度に、ああまた名古屋か、と、くさったものだ。というのは、食いものが、何うにも面白くなかった。 一口に言えば、名古屋ってとこ、粗食の都だったんじゃないか。それが、戦後は、変りましたね、食いもの屋の多いこと、贅沢になったこと、驚くべし。 だから、戦後は、名古屋行きは、苦にならない。 まず、宿へ着いたら、八丁味噌の汁を、ふんだんに、と、たのむ。それも、身は、他のものでは、いけない。里芋に限る。それも、東京式に、小さな里芋を、まるごと入れたんでは駄目、短冊(?)に切った奴。朝食には、その八丁味噌汁の三杯汁だ。 それに名古屋で嬉しいのは、抹茶が何処でも飲めること。大抵の宿屋で、すぐ作って呉れるから、これも三杯汁の式で、毎朝、何服と行く。 名物のういろうが、お茶に合います。納屋橋まんじゅうも結構だ。 併し、これらの味は、戦前から、あったもの。戦後に、名古屋が食い倒れの都と化した、その一番先きは、洋食じゃないだろうか。 僕が脂っ濃いもの好きで、淡《あっさ》りした日本料理を解さないせいかも知れないが、洋食店が、殖えたことは、名古屋の変化の、一つの大きな現象だろう。

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