女は恥かしそうにして笑った

「では、お詞《ことば》に甘えますが」 女はこう云ってまた何か困ったような顔をしながら脚下に眼を落した。「それに、馴れぬ夜路をいたしまして、足を傷めて困っております」 新三郎は負うて往ってやろうと思った。「そんなことなら、負うて進ぜよう」 女は恥かしそうにして笑った。その笑い方が如何にも濃艶であった。新三郎は直ぐ其処へ踞んだ。「さあ、遠慮なさらずに」 香《におい》のあるような身体がふわりと背に寄りかかった。新三郎は起って軽々と歩いた。 半丁ばかりも往くと、新三郎の背には大盤石が乗ったようになって動けなくなった。新三郎は驚いて後を見た。背の上には恐ろしい鬼の顔があった。長い二本の角に月の光がかかっていた。「おのれ、妖怪」 新三郎は突然怪しいものを投げ落そうとした。と、新三郎の首筋に大きな手がかかって、その体は宙に浮きあがった。豪胆な薪三郎は腰の刀を抜いて空払に払いあげた。新三郎の体は田の中へ落ちた。 新三郎は田の中で起ちあがった。夜が明けかけて星の疎《まばら》になった空が眼についた。彼は刀を拾って田の畔へあがり小さな路へ出た。 一挺の駕籠がむこうの方から来た。新三郎はこんな容《さま》を人に見られてはと思ったが、一条路で他に避ける処もないので、田の中へ隻足《かたあし》を入れるようにして、駕籠をやり過ごそうとした。駕寵の垂は巻いてあった。駕籠の中には吉良左京之進の姿があった。「五月氏か、御健勝で」 新三郎はその声を耳にすると共に、ばったり倒れて死んでしまった。

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