久武内蔵助の従弟に当る五月新三郎

 久武内蔵助の従弟に当る五月新三郎は、ある晩、小高坂へ往って親実の邸宅の傍を通っていた。薄月のさした暖かな晩であった。ふと見ると、十六七に見える色の白い女が一人立っていた。人通りのない淋しい路ぶちに、歳のゆかない女の子が立っているのは不思議であるから、(もしや、妖怪ではないか) 新三郎は注意したが、別に怪しいそぶりもなかった。ただしょんぼりと立っている容《さま》が、如何にも何か思案に余ることがあって、非常に困っているようであるから傍へ往って声をかけた。「この夜更けに、壮《わか》い女子《おなご》の方が、一人で何をなされておられる」 見ると立派な服装《なり》をしていた。女は恐ろしそうに新三郎の顔を見たままで何も云わなかった。「私は五月新三郎と申す[#「申す」は底本では「中す」と誤植]者で、決して怪しい者ではない」「私は秦泉寺《じんせんじ》の者でございますが、去年国沢へ縁附きましたところが、夫には他に女子《おなご》が出来て捨てられましたから、淵川へなりと身を投げて死のうと思いましたが、秦泉寺には一人の母がございまして、私に万一《もしも》のことでもありますと、母がどんなに嘆くであろうと思いますと、死にもならず、兎に角秦泉寺へ参りまして、母に一目逢うたうえでと思いまして、夕方に国沢を抜け出しましたが、追手が恐ろしゅうございますから、廻り道をして往こうと思いまして、此処へまで来たものの、恐ろしくて、困っておるところでございます」 こう云って女は涙を見せた。新三郎はそれがいじらしかった。「それでは私が秦泉寺へ送って進ぜよう」「それは有難うございますが、遠い処を、そんなことをしていただきましては済みません」「何、今晩は別に用事もないから、送って進ぜよう」

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